【社長インタビュー 〜前編〜】未だ満たされない課題やニーズ、コンプレックスを圧倒的に解決していきたい

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《ロングインタビュー》

今回は代表の花房に、幼少期の話しから起業に至るまでのエピソードを聞きました。(前編)

人間関係に思い悩み、「少数派」の怖さを知った少年時代

小学生、中学生の頃はどのような子どもでしたか?

基本的に、自由に伸び伸びと生活していました。当時から体が大きく、運動も得意でしたので、部活動でキャプテンも務めており、真面目に勉強にも取り組んでいました。ただ、中学校に入ってから、学校での人間関係に悩むようになりました。詳細は省きますが、「弱い立場になる」という孤独と恐怖を強く感じたことを覚えています。

もう少し具体的にお願いします

人間の根本的な欲望として、多数派であることを求める傾向にあると思います。多数派であることを認識するためには、少数派を存在させなければならない。そして、その少数派として認識された個人は、自分が多数派と比べて、「弱い立場」にあるのだと認識することになります。これは、非常に辛いことですよね。
僕自身が人間関係的に「少数派」となり、弱い立場になったこの経験は、今の会社でどういう事業を創って行きたいのか、その思想に大きく影響を与えています。
そして高校時代は、その影響もあって、けっこう周りの目を気にして、過ごしていました。

大学生で起業に興味を持ち始めるも、大きなトラブルを経験

高校を卒業してから横浜国立大学に入学されていますが、上京の理由は?

5人兄弟なのですが、年の離れた兄や姉が、東京や大阪や神戸といった都会に出て暮らしているのを見て、それが格好良くてうらやましくて、小さい頃から、「自分も早く家を出たい」と思っていました。社会に出て、世の中のことを知って帰って来る兄たちに憧れていたんです。もの凄い田舎コンプレックスで「小さなコミュニティで自分の人生を終わらせたくない。もっと大きな世界を知りたい」と強く思い、大学から東京に出ることを決意しました。

大学時代のエピソードを教えてください

2年生の途中までは、普通の大学生でした。サークルに入り、アルバイトをして、授業はほどほどに出席するという生活でした。その中でも唯一ハマったことがファッションで、週末になると原宿に行き、好きな古着を買い漁っていましたね(笑)。覚えていることはそれくらいで、「大学3年生になったら、就職活動を始めるのかな?」くらいに、将来のことはボンヤリと考えていました。
そのような時、大学の「経営者から学ぶリーダーシップと経営理論」という授業で、講師として招かれた経営者の方たちのお話を聞く機会がありました。話を聞いていると、経営者の方たちは、思い立ったらすぐに行動し、その行動によってチャンスを掴み、さらに次の行動のきっかけにしていると感じました。普通の大学生活を送っていた私も、「本当にこれで良いのか?」と思うようになり、教授に紹介のお願いをして、生の経営者の方に会いに行くという「僕なりの行動」をしてみることにしたんです。

それからは?

様々な経営者の方とお会いすることは本当に刺激的でしたが、「早くチャンスを掴みたい」との焦りから、危険な体験もしました。ある経営者とのmtgで「我々のグループに入れば起業は確実に成功するから、ひとまず100万円を出して」と言われたんです。とにかく必死だった当時の私は簡単に信じてしまいました。
その場でお金を用意しようとしましたが、幸いにも金額が足りず、一旦解散して、兵庫の実家に一泊することにしたんです。すると、事情を知った父に、「馬鹿か!目を覚ませ!お金を払うなら勘当だ!」と怒鳴られてしまいました。ある種の洗脳にかかっていた私は、その言葉を聞いて我に返り、「もしかしたら詐欺に引っかかったのかも…」と気付いて怖くなり、彼らとはすぐに縁を切りました。この経験から、「焦ってはいけない」と反省し、「社会に一度出て、地に足を付けて、まずは働こう」という考えに至りました。

インターン経験が、起業を決意した人生の分かれ道

大学在学中のインターン経験について教えてください

社会に一度出るために、大学3年生の春にインターンとして「ピクスタ」という写真・イラスト・動画等のマーケットプレイスを展開する企業で、週5日のフルコミットで7ヶ月間、働かせていただきました。初めは、上司の下で営業をしていたのですが、上司がシンガポールに行ってしまい、営業統括を任されることになりました。途中までは、学業と両立できると思っていたのですが、業務が増えたことで、大学にはほとんど行かなくなってしまいました。
大学に行くより楽しかったですし、「何かを犠牲にしなければ、何も得ることはできない」と考え、自分で意思決定をしました。あの時にもし、インターンを辞めて学業に専念するとか、両立するということにこだわっていたら、今の自分は無かったと思います。振り返ってみると、思い切ってインターンに専念したことは、自分の人生にとって大きな分岐点だったと思います。

インターン経験で得たものはありますか?

営業担当として、様々なことを考えて、たくさん失敗したり、少しだけ成功することができたり、何とかやり抜いた7ヶ月間でした。ピクスタの古俣社長は、「起業家として成功するためには、やり抜くことが重要だ」と常におっしゃっていたのですが、自分は比較的やり抜けるタイプの人間だと評価していただき、最後に「花房君なら成功できるよ」という心強い言葉もいただきました。この古俣社長の言葉が本当に嬉しくて…俺でもやれる、イケる、と改めて起業したいという思いが強くなりました。

ちなみに起業に関して、ご両親の影響などはありましたか?

父も私と同じく経営者なのですが、子どもの頃はその姿を横目で見つつも、あまり意識することはありませんでした。ですが、今改めて考えてみると、現在の私の事業展開の方向性や組織に対する考え方は、父の存在と密接に関わっていると思います。
P&Gで若くしてBMまで昇りつめた優秀なビジネスマンだった父は、体調を崩したことをきっかけに、無農薬の野菜や無添加の食品類を消費者に届ける会社を立ち上げました。オイシックスのリアル版のような事業です。そのビジネスは、お金儲けが目的ではなく、社会的価値が高い素晴らしい事業だと思っていますし、ユーモアと優しさと厳しさを合わせ持った父親のことを、私はとても尊敬しています。ただ、父も一度口にしたことがあるのですが、父の決めたことが社の決定であり、父がすべての会社だったので、組織の力で事業を拡大して、より良い価値提供をしていくという部分を実現できませんでした。
今の会社で、「本当に世の中のためになる事業がしたい」という想いに加え、「共感ややりがいによって動機付けされた強い組織を作る」必要性を強く感じているのは、そんな父の姿に影響されているのかもしれません。

起業した当初のサービスは何だったのですか?

ファッションが大好きなので、最初は、ショッピングアプリ「melo」というプロダクトを開発しました。様々なECサイトのファッションアイテムを、ひとつのアプリの中で検索できたり、お気に入りに登録できたり、購入できたりというサービスでした。サイバーエージェントやEastVenturesというVCから資金調達した3,300万円のうち、約3,000万円を使って、何とか1年ほど運用していたのですが、売上がまったく上がらない、ユーザーが付いて来ない、次の資金が集まらないという状況に陥り、サービス継続は無理だと判断しました。

うまくいかなかった原因は?

「とても良いアプリだ」という自信があったのですが、課題解決ができていなかった。ただそれだけです。そもそも洋服でさらにおしゃれになりたいユーザーは、「満たされている」状態の方がほとんどです。その状態から生まれる「浅〜い課題」を解決しても、価値はありません。その結果、ビジネスとしても成立しなかったと考えています。

 

→後編へ続く…

※この記事は、転職サイト「キャリアウェイク」のインタビューを下に転載・編集しております。

 

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